対応しました、って完了したってことじゃない

最近、私の中で要注意な言葉は「対応」。仕事でよく使う言葉だけれど、「対応しました」とされていることが実は「着手した」とい意味で使われていて、実は最後まで終わっていなかったりということが起きたりもする。結局、どこまでができていて、どこからができていないのかを確認しないと状況がわからない。ああなんて抽象的な言葉なんだと思いながら、自分でもメールで「対応致します」などと無意識に書いている。それに気づいて思わず削除。他の言葉に書き直したりもするほど、最近「対応」という言葉が嫌になっている。

一方、コーチングセッションで、「対応」は、あまり使われない言葉、いや私は使ったことがない言葉かもしれません。セッション中、クライアントが抽象的な言葉を使うと、それってあなたにとってはどういう意味?と私も確認してしまう、自分自身もコーチから確認される。ましてや、家庭内ではなおさら。「乾電池買って来てくれた?」「対応しました」なんて会話おかしいものね。そこは「買ってきたよ!」「あ、忘れた」「買おうとしたけどなかった」と、具体的な答えが返ってくることが多いから誤解もない。ただ、会社では「"対応”って、具体的に何をしたの?」とは聞きにくい。

「対応しました。(が、まだ途中です)」「(これは後日対応だと思ったのでやってません、だから現時点では)対応しました」っていうことが、なぜだか仕事の世界では起こるのが、最近新たに知ったこと。憤りを感じたり、軽くショックを受けたりもする。ただ、会社を離れてコーチングのお仕事中、「言葉の向こう側にあるものを聴く」「言葉にならない声を聴く」と、言っているのはこの私だったりもする。

私がどんな場にいても、言葉を大切にできますように。そう祈るしかない。言葉を大切にすれば、きっとその向こう側も大切にできる気がする。

がんばれ私。