怒りってすばらしい
週末の朝、クライアントさんとのセッションをしていて、「自分の中の何かが変わった」という言葉があって、本当に私は気持ちが高揚するのを感じました。ああ、彼女はもう大丈夫だ、と。ここ数年彼女を悩ませていることは、努力などで解決できるものでもなく、私から見ても神様はどうして彼女をこうやって苦しめるんだ?と言いたくなりました。
「自分の中の何かが変わった」のは、おそらく怒りという感情から。私は「怒り」はとても大切な感情だと思っています。特に、これまで感情を押し殺して、「がんばって」生きてきた人がやっと怒りを表現してくれると、ひそかに私は心の中で拍手をする。そうそう、あなたは怒っていいんだ。
怒りは、ただただ嘆き悲しんでいる状態よりはずっとエネルギーに満ちている。怒りから溢れ出てきたエネルギーを、次の行動に使えばいい。大事なのはその行動を、誰かを攻撃したり貶めたりするのではなく、自分を喜ばせる行動に向ければいい。それが多少勇気がいることであっても、その勇気に使うためのエネルギーがあなたには与えられて持っているのだから。あなたに必要なのは、努力や我慢ではなく、湧いてきたエネルギーを勇気に使うこと。
「怒り」は最近私もよく感じる。たいてい「怒り」には自分を理解してもらえない寂しさや悲しみがその奥にあったりもするけれど、最近私が怒っているのは、いま世界中が直面しているあの話題。ここでは具体的には書かないけれども、人は人の選択を尊重すべきであるし(自分とは違う選択であっても)、ましてや自分の体のことなんだから、自分の頭で考えようよ、そして自分で考えて出した結論に他者はあれこれ口出しするな、と私は怒っている。打って自分が安心するならば打てばよい。その逆も然り。